古/いにしえの面影       其の一阡壱拾七

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2012年11月24日 土曜日
アップ日  2013年11月19日 火曜日
奈良県生駒郡平群町(石床神社)
秋本番!モミジ見に行こうと~
此処の辺り、UFO先生とも良く行きましたわ!
消渇神社は、本来は地域の産土神である正勝(まさかつ)の神として祀られていた。
室町時代に、旅の僧信海が腰の病を治してもらってから
下半身の病気に御利益があるとして村人に信仰されるようになる。
江戸時代には社名から女性の病気や性病に効果があるとして京都祇園からの参拝者もあり、
参道に茶店が出るほど賑わったという。
願掛けには境内階段下の屋形で土の団子を十二個つくり、これを供えて祈願し、
願いが叶うとお礼に米の団子を十二個お供えする。
石床神社は、大正十三年(1924年)に旧社地より消渇神社境内奧の現在地に合祀された。
拝殿南に天保五年(1834年)の狛犬が、奧に寛文七年(1667年)の石灯籠が奉納されている。
瓦葺きの覆屋内に三つの社殿があり、中央が石床の神である。
また左右の社殿には太玉命と本来の祭神である素盞嗚尊を祀っており、
拝殿の奧には神籠石がおかれている。
(看板より)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

山行の路地

※大和棟も見えますが~
新建材。。。

道案内も~

※新旧道標~
京都からも参詣されたとか。。

霊峰信貴山と戦国の夢街道
町の南西端にそびえる信貴山。この山は古来より「信じるべき、貴ぶべき山」とされ、
聖徳太子が物部守屋征伐の時、戦勝を祈願し、日本で最初に毘沙門天を感得した聖地である。
平安初期の命蓮上人が中興した信貴山朝護孫子寺はその信仰のシンボルである。
(平群町HPより)




サネカズラ
常緑つる性木本。
ビナンカズラ(美男葛)ともいうが、これは昔、
つるから粘液をとって整髪料に使ったためである


※赤く熟れる時期




式内大社とか
平群石床神社

※手水鉢

ムクノキ

※空に向かって~
大きく枝を張ってます。

登れるかなぁ~?

見あげる私。。。

※狛犬は
なにわ型

オーソドックスな形


※吽

小さな石像の名残?
多宝塔の一部?

※大社の割りには
小さめの本殿舎
檜皮葺です。

拝殿社
飾り瓦
名前入り~



脇の石段登って~
 
消渇神社扁額

※拝殿社内にある団子?

お百度石

※土の団子
へぇ~!

祈願中も満願のも有りました。




米の団子

※土の団子

消渇神社本殿舎

※脇から~

甑塚大明神銘石燈篭

※土団子の製作作業場

親父が営んでた
鋳物工場思い出します。

※私も、したかったのですが~
楽しそうですがな。。

消渇神社手水鉢

※石床神社手水鉢

ぐるりと一回りして~
大正13年銘

※紅葉が綺麗に~

菊の季節

※烏瓜も~

石仏が多い地区です

※自然石に~
地蔵様

道標がヒッソリト~

※消渇神社御神水井戸


2011年9月6日の台風12号/
2013年9月16日の台風18号の
被害の方には、
お見舞い申し上げます。

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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